ロックの歴史を振り返ってみよう。

50年代を象徴する存在が、「エルヴィス・プレスリー」。

60年代を象徴する存在が、「The Beatles」。

70年代を象徴する存在が、「The Eagles」。

この意見に異論のあるロックファンは少ないのではないだろうか?

それほどまでに彼らが成したことは大きく、多くのファンに愛された。

現在、全米レコード協会(RIAA)の認定でアルバム総売上枚数が1億枚を超えているのは、エルヴィス・プレスリー、The Beatles、The Eagles、ガース・ブルックス、Led Zeppelinの5組だけである。

今回はそんなロックレジェンド【The Eagles】について紹介していきます。。

The Eaglesの現メンバープロフィール

ドン・ヘンリー

Don Henley

英語表記:Don Henley

本名:Donald Hugh Henley

生誕:1947年7月22日

出身地:アメリカ合衆国 テキサス州

身長:178cm

担当楽器:ドラム、ボーカル

在籍:1971-

人物

  • オリジナルメンバーの1人。
  • ローリング・ストーン誌の選ぶ「歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第87位にランクイン。

ジョー・ウォルシュ

Joe Walsh

英語表記:Joe Walsh

生誕:1947年11月20日

出身地:アメリカ合衆国 カンザス州ウィチタ

身長:179cm

担当楽器:ギター

在籍:1975-

人物

  • 2011年のローリング・ストーン誌の選ぶ「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において第54位。
  • エクストラ級免許を持つアマチュア無線家としても知られている。

ティモシー・B・シュミット

Timothy B Schmit

英語表記:Timothy B Schmit

本名:Timothy Bruce Schmit(ティモシー・ブルース・シュミット)

生誕:1947年10月30日

出身地:アメリカ合衆国 カリフォルニア州オークランド

身長:175cm

担当楽器:ベース

在籍:1978-

人物

  • 様々なアーティストの作品にバッキングボーカルとして参加している。

The Eaglesの元メンバープロフィール

グレン・フライ

Glenn Frey

英語表記:Glenn Frey

本名:Glenn Lewis Frey(グレン・ルイス・フライ)

生誕-死没:1948年11月6日-2016年1月18日

出身地:アメリカ合衆国 ミシガン州デトロイト

身長:175cm

担当楽器:ギター、ボーカル

在籍:1971-2016

人物

  • オリジナルメンバーの1人でThe Eaglesのリーダーとして活動していた。
  • The Eaglesの代表作の多くをドン・ヘンリーとともに作詞作曲した。
  • 2016年1月18日、リウマチ性関節炎や肺炎による合併症により死去。享年67歳。

バーニー・レドン

Bernie Leadon

英語表記:Bernie Leadon

本名:Bernard Mathew Leadon,Ⅲ(バーナード・マシュー・レドン3世)

生誕:1947年7月19日

出身地: アメリカ合衆国 ミネソタ州ミネアポリス

担当楽器:ギター

在籍:1971-1975

人物

  • オリジナルメンバーの1人。

ランディ・マイズナー

英語表記:Randy Meisner

本名:Randy Herman Meisner

生誕:1946年3月8日

出身地: アメリカ合衆国 ネブラスカ州スコッツブラフ

担当楽器:ベース

在籍:1971-1978

人物

  • オリジナルメンバーの1人。
  • ベーシストとして高い評価を得ている。
  • ボーカルとしては、音域が非常に広く高音を得意としている。

ドン・フェルダー

Don Felder
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

英語表記:Don Felder

本名:Donald William Felder

生誕-死没:1947年9月21日

出身地:アメリカ合衆国 フロリダ州ゲインズビル

担当楽器:ギター

在籍:1973-2000

人物

  • ホテル・カリフォルニアの作曲者として有名。
  • The Eaglesを不当解雇される。その後、裁判で訴えが認められ示談が成立している。
  • 2010年、暴露本「ドン・フェルダー自伝 天国と地獄 イーグルスという人生」を発表する。

来歴

活動初期

1971年、リンダ・ロンシュタットのバックバンド編成のためにミュージシャンが集められた。

その時のメンバーに後にThe Eagles(イーグルス)を創設することになる、グレン・フライドン・ヘンリーランディ・マイズナーバーニー・レドンの4名はいました。4人はこの時初めて顔をあわせることになりました。

1971年8月、4人は独立してバンドを結成することを思いつき、リンダ・ロンシュタットが所属していたアサイラム・レコードからThe Eaglesとしてデビューしました。

1972年5月1日、デビューシングル「Take It Easy(テイク・イット・イージー)」をリリース。

デビューシングルながら「Take It Easy」はいきなりヒットを記録。

この曲は現在でも世界各国で有名でカバーされ続けている。

1972年6月1日、1stアルバム『Eagles(イーグルス・ファースト)』をリリース。

このアルバムはローリング・ストーン誌が選ぶ「オールタイム・ベストアルバム500」において、368位にランクインしている。

1973年4月17日、アルバム『Desperado(ならず者)』をリリース。

このアルバムはコンセプトアルバムで西部開拓時代のならず者をテーマにしている。

また、グレン・フライとドン・ヘンリーのソングライティングチームがこの作品から誕生し、以降のThe Eaglesの活動の主導権を2人が握っていくことになる。

1974年3月22日、アルバム『On the Border(オン・ザ・ボーダー)』をリリース。

このアルバムはカントリーロックを軸とした音楽から、よりロック的な音楽を求めるようになった最初の作品とされている。

また、バーニー・レドンの紹介で、彼の親友でアマチュア時代のバンド仲間だったギタリストのドン・フェルダーが2曲のレコーディングに参加し、その後そのまま新メンバーとして加入している。

活動中期(絶頂期)

The Eagles1977

1975年6月10日、名盤と言われる大ヒットアルバム『One of These Nights(呪われた夜)』リリース。

このアルバムは前作『On the Border』より更にロック志向を強めた作品となり、The Eagles初の全米1位を記録した。

しかし、『On the Border』の時から、音楽性の違いで生じたメンバー間の軋轢がこの頃より激化していくことになった。

バーニー・レドンは、音楽性の違いだけではなく、グループ結成時には民主的なグループであったはずのThe Eaglesが、実質的に主導権を握ったドン・ヘンリーとグレン・フライが、アルバムの選曲もすべて決定し始めたことにもストレスを溜めていた。

1975年12月、音楽性の違いと2人の日頃からの高慢な態度に業を煮やし、バーニー・レドンはThe Eaglesを脱退した。

1976年2月17日、初のベストアルバム『Their Greatest Hits 1971-1975(グレイテスト・ヒッツ 1971-1975)』をリリース。

このアルバムは全米歴代1位のセールスを記録。

ロックレジェンドとしての確固たる地位を築いた。

その後、ジョー・ウォルシュが新メンバーとして加入。

1976年12月8日、The Eaglesの代表作、アルバム『Hotel California(ホテル・カリフォルニア)』をリリース。

この作品は、ロック界への皮肉、あるいは現代社会・都市社会へのアンチテーゼともとれるような、歌詞の奥深さが際立つ作品となっていて、現在でも絶賛されている名盤です。

『Hotel California』は全世界で大ヒット。

ローリング・ストーン誌が選ぶ「オールタイム・ベストアルバム500」において、37位にランクインしています。

活動休止と解散

バンドとして押しも押されぬモンスターバンドとなったThe Eaglesですが、メンバー間の軋轢は更に激化していました。

ランディ・マイズナーは、ドン・ヘンリーとグレン・フライの傲慢な態度に嫌気がさし、音楽性の違いもあって1977年に脱退。

代わりにティモシー・B・シュミットが新加入。

1979年9月24日、『The Long Run(ロング・ラン)』をリリース。

当初は2枚組となる予定だったが、レコーディングが難航し1枚となった。

更に、様々な音楽を取り入れた結果、音楽性に一貫性のない作品となってしまい、評価の低い作品となってしまった。

その後、グレン・フライとドン・フェルダーの不仲や、曲作りのスランプなどからThe Eaglesは1980年に活動休止。

1982年、正式にThe Eaglesの解散が発表された。

再結成

1994年に、The Eagles再結成。

この時のメンバーは、The Eagles解散時のメンバー

  • ドン・ヘンリー
  • グレン・フライ
  • ドン・フェルダー
  • ジョー・ウォルシュ
  • ティモシー・B・シュミット

1994年11月8日、『Hell Freezes Over(ヘル・フリーゼズ・オーヴァー)』をリリース。

3年にわたる大規模なワールドツアーを行い大成功させる。

1998年、ロックの殿堂入り。

2000年、ドン・フェルダーが「バンドに対して貢献していない」という理由で突然解雇される。

実際の理由は音楽的なことではなく、グレン・フライ、ドン・ヘンリーの傲慢な態度にドン・フェルダーが不満をもらし続けたことに業を煮やしたグレン・フライの決断であったようです。

ドン・フェルダーはこれを不服として、解雇の撤回と報酬分配の見直しを求めて、グレン・フライとドン・ヘンリーを告訴しました。

報酬分配の見直しは、再結成以後グレン・フライとドン・ヘンリーが他のメンバーの倍の報酬をもらえる契約になっていたことについて見直しを求めた。

2006年にドン・フェルダーの言い分をグレン・フライとドン・ヘンリーが一部認める形で示談が成立した。

しかし、ドン・フェルダーがThe Eaglesに復帰することはなかった。

2007年10月25日、『Long Road Out of Eden(ロング・ロード・アウト・オブ・エデン)』をリリース。

このアルバムは28年ぶりの新作のみのアルバムとなった。

『Long Road Out of Eden』は全米、全英チャートで初登場1位に輝いた。

リーダーの死、そして2度目の解散

2016年1月18日、創設メンバーでリーダーのグレン・フライがリウマチ性関節炎や肺炎による合併症により死去。享年67歳。

2016年3月10日、ドン・ヘンリーがThe Eaglesの解散を発表。

受け継がれる意志

2017年、グレン・フライの息子ディーコン・フライがゲストとして参加しThe Eaglesがライブ活動を再会。

2018年、北米ツアーを開催。

The Eaglesの伝説やエピソード

The Eaglesはバックバンドだった?

伝説のロックバンドThe Eaglesの結成のきっかけがリンダ・ロンシュタットのバックバンドだったことはあまりにも有名な話です。

リンダ・ロンシュタットは、2014年にロックの殿堂入りを果たし、更にはアメリカ国民芸術文化勲章も受章している女性ロックスターです。

ドン・フェルダーの暴露本

2000年にThe Eaglesを解雇されたドン・フェルダーは2010年に「ドン・フェルダー自伝 天国と地獄 イーグルスという人生」と言う暴露本を発表してる。

この本では、噂されていたThe Eaglesのメンバー間の軋轢や、ドン・ヘンリー、グレン・フライの横暴さが暴露されている。

再結成以降のドン・ヘンリー、グレン・フライの報酬が他のメンバーの倍と言う内容になっていたこともこの本で暴露された。

しかし、それだけではなく、ヒット曲「Hotel California(ホテル・カリフォルニア)」の作曲者であるドン・フェルダー自身によって、曲が完成されていく詳細が初めて明らかにされている。

更に、ドン・フェルダーの過去の苦労話なども書かれていたり、60年代-70年代のロックの歴史が記された記録としての側面も注目されているなど、単なる暴露本以上の評価を受けている。

The Eaglesの代表作

hotel_california

The Eaglesの代表作と言えば間違いなく『Hotel California(ホテル・カリフォルニア)』です。

The Eaglesの5作目のアルバムで、グラミー賞最優秀レコード賞も受賞しました。

このアルバムに収録されている同名曲「Hotel California」は誰もが1度は聴いたことのある名曲です。

あとがき

今回は【The Eagles】について紹介してきました。

70年代を代表するモンスターバンドThe Eagles。

今なお活動を続けるロックレジェンド。

この記事でThe Eaglesのファンが1人でも増えてくれれば嬉しいです。