ヘヴィメタルと言えばどんなバンドを想像するだろうか?

おそらく多数の方が真っ先に思い浮かべるのはあの伝説のバンドではないだろうか?

彼らの名は【Black Sabbath】。

ローリング・ストーン誌の選ぶ「歴史上最も偉大な100組のアーティスト」で85位にランクイン。

その他にもグラミー賞も2度受賞した彼らは間違いなく伝説のヘヴィメタルバンドだ。

今回はそんなBlack Sabbathのプロフィールや伝説について紹介していきます。

Black Sabbathの現メンバープロフィール

オジー・オズボーン

Ozzy Osbourne

英語表記:Ozzy Osbourne

本名:John Michael Osbourne(ジョン・マイケル・オズボーン)

ニックネーム

  • Ozzy
  • The Prince of Darkness

生誕:1948年12月3日

出身地:イングランド ウェスト・ミッドランズ州 バーミンガム

身長:178cm

担当楽器:ボーカル

在籍:1968年-1977年, 1978年-1979年, 1985年, 1997年-2017年

人物

  • Black Sabbathを結成した発起人。
  • 数々の伝説的なエピソードを有している。

トニー・アイオミ

Tony Iommi

英語表記:Tony Iommi

本名:Anthony Frank Iommi

生誕:1948年2月19日

出身地: イングランド ウェスト・ミッドランズ州バーミンガム・アストン

身長:183cm

担当楽器:ギター

在籍:1968年-

人物

  • オリジナルメンバーの一人。
  • ローリング・ストーン誌の選ぶ「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は86位、2011年は25位にランクインしている。
  • 事故により右手の中指と薬指の先端部分が失われている。

ギーザー・バトラー

Geezer Butler

英語表記:Geezer Butler

本名:Terence Michael Joseph Butler(テレンス・マイケル・ジョセフ・バトラー)

生誕:1949年7月17日

出身地:イングランド ウェスト・ミッドランズ州バーミンガム

身長:183cm

担当楽器:ベース

在籍:1968年-1985年, 1990年-1994年, 1997年-2017年

人物

  • オリジナルメンバーの一人。
  • Black Sabbathの曲の歌詞のほとんどを作詞している。

ビル・ワード

Bill Ward

英語表記:Bill Ward

本名:William Thomas Ward(ウィリアム・トーマス・ワード)

生誕:1948年5月5日

出身地: イングランド ウェスト・ミッドランズ州バーミンガム・アストン

身長:172cm

担当楽器:ドラム

在籍:1968年-1980年, 1982年-1983年, 1985年, 1997年-2012年

人物

  • オリジナルメンバーの一人。
  • ローリング・ストーン誌の選ぶ「歴史上最も偉大な100人のドラマー」において34位にランクイン。

来歴

Black Sabbath logo

活動初期

Black Sabbathは1968年、イギリスのバーミンガムで結成された。当初「Earth」と名乗っていた。

オジー・オズボーンが、新聞にメンバー募集の公告を出した事がきっかけだった。

1969年8月、1964年に公開されたホラー映画『BLACK SABBATH』から取ってバンド名をBlack Sabbathに改名。ベーシストのギーザー・バトラーの提案だったとされている。

1970年2月13日、デビューアルバム『Black Sabbath(黒い安息日)』リリース。

1970年2月13日は「13日の金曜日」という不吉とされる日付であった。

1970年9月18日、アルバム『Paranoid(パラノイド)』をリリース。

このアルバムは全英チャート1位を獲得。

その後、シングルカットされた「Paranoid」がヒット。

1971年7月21日、アルバム『Master of Reality(マスター・オブ・リアリティ)』をリリース。

このアルバムはローリング・ストーン誌が選ぶ「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」において300位にランクインしている。

1972年9月25日、アルバム『Black Sabbath Vol.4(ブラック・サバス4)』をリリース。

1973年12月1日、アルバム『Sabbath Bloody Sabbath(血まみれの安息日)』をリリース。

このアルバムはシンセサイザーやオーケストラによる編曲を導入したアルバムとなっている。

1975年7月28日、『Sabotage(サボタージュ)』をリリース。

どのアルバムも全英・全米ともにアルバムチャート上位にランクインするなど人気を博し、この頃にはBlack Sabbathはモンスターバンドとなっていた。

しかし、同時にバンドに忍び寄っていた不協和音も存在した。

1976年頃から到来した「パンク/ニュー・ウェイヴ」のムーブメントで、ヘヴィメタル、ハードロックは勢いを失っていた。

当時すでにモンスターバンドとなっていたBlack Sabbathも例外ではなかった。

それに加えてBlack Sabbathはボーカリストのオジー・オズボーンが重度のアルコール問題を抱えていた。

1977年、Black Sabbathはアルコール問題を理由にオジー・オズボーンを解雇。

後任にデイヴ・ウォーカーを起用したが上手くいかず、翌年1978年1月にオジー・オズボーンがボーカリストとして復帰する。

1978年9月28日、アルバム『Never Say Die!(ネヴァー・セイ・ダイ)』が不評。

更に、改善されることのなかったアルコール問題でオジー・オズボーンを再び解雇。

トニー・アイオミ時代

Tony Iommi1

Ronnie-James-Dio_Heaven-N-Hell_2009-06-11_Chicago_Photoby_Adam-Bielawski

1979年、オジー・オズボーン脱退後、代わりにロニー・ジェイムス・ディオが新加入。

1980年、アルバム『Heaven and Hell(ヘヴン&ヘル)』をリリース。

ボーカリストの交代と言う大事変があったものの、これによりBlack Sabbathの音楽は善くも悪くも生まれ変わることになった。

『Heaven and Hell』は高い評価を受け、Black Sabbathとしては『Sabotage』以来の大ヒットとなった。

1980年、オリジナルメンバーのドラマー、ビル・ワードが脱退。その後もビル・ワードは、短期の復帰と脱退を繰り返している。

1981年11月4日、『Mob Rules(悪魔の掟)』をリリース。

このアルバムは全英アルバムチャートで12位に達するも、オジー・オズボーン時代の音楽性に回帰した作品とされ不評だった。

1982年、ロニー・ジェイムス・ディオが自らのバンド「DIO(ディオ)」結成に向けて脱退。

代わりに元Deep Purpleのイアン・ギランが新加入。

1983年8月7日、『Born Again(悪魔の落とし子)』をリリース。

この時期は「パープル・サバス」と呼ばれるなどBlack Sabbathにとって良い評価ではなかった。

1984年4月、ディープ・パープル再結成参加のため、イアン・ギランが脱退。

その後、ロン・キール、デヴィッド・ドナートなどがボーカリストとして新加入し活動するもののすぐに脱退、解雇に。

Black Sabbathは、ボーカリスト不在のまま活動休止状態になる。

同年、オリジナルメンバーのベーシスト、ギーザー・バトラーが脱退。

Black Sabbathは本格的に活動休止に。

翌年の1985年、レーベルからの強い要請により、アルバム『Seventh Star(セヴンス・スター)』をリリース。

1987年以降、ロニー・ジェイムス・ディオ時代のスタイルへの回帰を狙い活動していく。

1987年11月23日、『The Eternal Idol(エターナル・アイドル)』をリリース。

1989年4月24日、『Headless Cross(ヘッドレス・クロス)』をリリース。

1990年、『TYR(ティール)』をリリース。

1992年、ロニー・ジェイムス・ディオがBlack Sabbathに復帰する。ギーザー・バトラーも復帰する。

しかし、1992年6月22日にリリースされた『Dehumanizer(ディヒューマナイザー)』が不評で売り上げは低迷、ロニー・ジェイムス・ディオは再び脱退することになった。

その後、メンバーは復帰、新加入、脱退を繰り返し、その間アルバムも制作されリリースされるものの、迷走する音楽性に人気は著しく低迷してしまう。

そんな中、1997年、起死回生の策としてオジー・オズボーンなどオリジナルメンバーの復活が企図され、オジー・オズボーン、ギーザー・バトラー、ビル・ワードの3人がBlack Sabbathに復帰。

19年ぶりのオリジナルメンバーでの再出発が実現した。

再結成以降

この再結成に伴い、以降 当ラインナップ以外でBlack Sabbathとは名乗らないと宣言。

Black Sabbathは、再結成以降しばらく、ライブ活動を中心に活動していく。

ライブ盤アルバムはリリースされるものの、スタジオアルバムは制作されなかった。

2000年、2ndアルバム『Paranoid』に収録されていた楽曲「Iron Man」でグラミー賞を受賞。

2006年、Black Sabbathは、ロックの殿堂入りを果たす。

同年、活動休止。

2011年11月11日11時11分、活動再開を発表。

しかしその後、ビル・ワードが契約の内容に不満を持ち、再結成に参加しないと発表。

2013年6月10日、アルバム『13』をリリース。実に18年ぶりのスタジオアルバムとなった。

アルバム『13』は、全米ビルボードチャート1位を獲得。世界各国でもチャート上位にランクインするなど大ヒットした。

翌2014年、『13』に収録された楽曲「God Is Dead?」で再びグラミー賞を受賞。

2016年、Black Sabbath最後のワールドツアー「THE END」がスタート。

2017年2月、バーミンガム(バンド発祥の地)でBlack Sabbathの活動の最後を飾るラストライブを開催。

Black Sabbathは、約50年に渡る活動に幕を閉じた。

Black Sabbathの伝説やエピソード

影響力

Black Sabbathは、ロック史において後続に大きな影響を与えた。

その影響力は、その後のパンクロックやグランジ、ブラックメタルなどの源流とされることもあるほどだ。

オジー・オズボーンは、ヘヴィメタルを生み出したのは自分達ではないと否定している。

「The Kinks(キンクス)」「Led Zeppelin(レッド・ツェッペリン)」「The Who(ザ・フー)」などの影響を受けた経緯があると語っている。

ただし、「ヘヴィ(悪魔)なギターのリフを作り出した、トニー・アイオミだけは別格」と語っている。

トニー・アイオミの指

トニー・アイオミの右手の中指と薬指は、板金工時代の事故で先端部分が失われている。

奇しくも事故のあった日は、トニー・アイオミがその工場を退職する日であった。

その日たまたま無断欠勤したプレス工の代わりに自分の仕事とプレス工の仕事を兼務することになったトニー・アイオミだが、慣れない仕事だったため機械のスピードについていけずあやまって機械に手を入れてしまい、指を切断してしまった。

左利きのトニー・アイオミにとって右手の怪我はギターを弾くうえで致命傷だった。

トニー・アイオミを励ますために工場の監督は、同じく火災事故で左手の薬指と小指が動かなくなったものの、そのハンディを乗り越えて活躍しているベルギー人ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトのアルバムを聴かせた。

彼の存在はトニー・アイオミを奮起させるのに十分だった。

トニー・アイオミは、

右手の指の先端に洗剤のプラスチック容器を溶かして作ったチップをはめて、そのハンディを克服した。さらにギターの弦のテンションを極限まで下げ、わずかな力でも弦を押さえられるようにした。これにより、アイオミのギターは音が低く、潰れたような特徴的なサウンドとなり、その音色は後に様々なヘヴィメタルのギタリストに影響を与えた。

コウモリを食べて瀕死に

オジー・オズボーンは初期のソロライブで、ステージ上から生肉を投げるというファンサービスを行っていた。

観客はそれに答えて、猫や鳩の死体のレプリカをステージに投げ返していた。

しかし、それが次第にエスカレートしていき、ついには本物の猫や鳩を投げつけるようになってしまっていた。

そして、悲劇の事件は起こってしまった。

その日、ステージ上に生きたコウモリが投げ込まれたのである。

そのコウモリはしばらく動かなかったので、オジー・オズボーンはレプリカだと思い、コウモリを拾い上げると頭に噛みついてしまった。

それに驚いたコウモリが突然暴れ出し、オジー・オズボーンは勢い余って首を食いちぎってしまった。

コウモリは狂犬病や破傷風など致死レベルの病原菌を多く持っている生物のためオジー・オズボーンもすぐに救急病院へ緊急搬送され、数ヶ月間、毎日のように何本も血清の注射を体中に刺しながらツアーを続ける羽目になった。

このエピソードはあまりにも破天荒な伝説として語り継がれている。

Black Sabbathの代表作

Black Sabbathの代表作と言えば2ndアルバム『Paranoid』ではないだろうか?

その中でも後にグラミー賞を受賞することになる「Iron Man」はロックファンの中では定番の1曲。

あとがき

今回は【Black Sabbath】について紹介してきました。

伝説のヘヴィメタルバンドBlack Sabbath。

彼らの名前はこれからも伝説と共に語り継がれるだろう。

この記事でBlack Sabbathのファンが1人でも増えてくれれば嬉しいです。