頑なに貫き通す自らの音楽性。

彼らは揺らぐことはない。

そのスタイルから多くのファンを魅了し、同業でもファンを公言しているアーティストは多い。

カート・コバーンもその一人だった。

彼らの名は【AC/DC】。

今回はそんな生きる伝説。

モンスターバンドAC/DCについて紹介していきます。

AC/DCの現メンバープロフィール

アンガス・ヤング

Angus Young

英語表記:Angus Young

本名:Angus McKinnon Young

生誕:1955年3月31日

出身地: オーストラリア ニューサウスウェールズ州シドニー(生まれ:スコットランド グラスゴー)

身長:157cm

担当楽器:リードギター

在籍:1973-

人物

  • マルコム・ヤングの実弟。
  • ローリング・ストーン誌の選ぶ「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において、2003年は96位、2011年は24位にランクインしている。

ブライアン・ジョンソン

Brian Johnson

英語表記:Brian Johnson

生誕:1947年10月5日

出身地:イングランド ゲイツヘッド・ダンストン

身長:165cm

担当楽器:ボーカル

在籍:1980-

人物

  • 左耳の聴覚をほぼ失っている。
  • 自動車とレースが好きで、年代物のレーシングカーでのレースに参加している。

スティーヴィー・ヤング

Stevie Young

英語表記:Stevie Young

本名:Steve Young

生誕:1956年12月11日

出身地:スコットランド

担当楽器:リズムギター

在籍:1988、2014-

人物

  • アンガス・ヤングとマルコム・ヤングの甥にあたる。

クリス・スレイド

Chris Slade

英語表記:Chris Slade

本名:Christopher Rees

生誕:1946年10月30日

出身地:ウェールズ グラモーガン地方ポンタプリーズ

担当楽器:ドラム

在籍:1989-1994、2015-

AC/DCの旧メンバー

  • マルコム・ヤング (Malcolm Young)
    リズムギター(1973-2014 2017年死去)
  • デイヴ・エヴァンス (Dave Evans)
    ボーカル(1973-1974)
  • ラリー・ヴァン・クリート (Larry Van Kriedt)
    ベース(1973-1974)
  • コリン・バージェス (Colin Burgess)
    ドラム(1973-1974)
  • ボン・スコット (Bon Scott)
    ボーカル(1974-1980 1980年死去)
  • ピーター・クラック (Peter Clack)
    ドラム(1974-1975)
  • ロブ・ベイリー (Rob Bailey)
    ベース(1974-1975)
  • マーク・エヴァンス (Mark Evans)
    ベース(1975-1977)
  • フィル・ラッド (Phil Rudd)
    ドラム(1975-1983、1994-2015)
  • クリフ・ウィリアムズ (Cliff Williams)
    ベース(1977-2016)
  • サイモン・ライト (Simon Wright)
    ドラム(1984-1989)

Malcolm Young
(マルコム・ヤング)

来歴

AC/DC logo

不安定な活動初期

1973年11月、マルコム・ヤングアンガス・ヤングのヤング兄弟が最初に結成したバンド「The Velvet Underground」にラリー・ヴァン・クリート(Ba)とデイヴ・エヴァンス(Vo)、コリン・バージェス(Dr)を迎える形でAC/DCは結成された。

その後、AC/DCは、ローカルレーベル「Albert Records」と契約を結ぶ。

初期の約1年程はバンドメンバーが安定せず、ヤング兄弟以外、特にドラムとベースは頻繁に入れ替わっていた。

またヤング兄弟は、デイヴ・エヴァンスはバンドに合っていないと結成直後から考えていたため、バンドのマネージャーが代わりにライブに出演するという事もあった。

この頃、AC/DCの機材車のドライバーをしていたのが、後にボーカルとして活躍することになるボン・スコットだった。

自身の代わりにライブに出演することもあるマネージャーをデイヴ・エヴァンスは良く思っていなかった。

そんな中、国内をツアー行ったAC/DC。

ツアー中にデイヴ・エヴァンスがマネージャーと殴り合うと言う事件が発生してしまった。

この事件の結果、デイヴ・エヴァンスはAC/DCからの離脱を余儀なくされた。

1974年9月、AC/DCはデイヴ・エヴァンスの代わりに、ボン・スコットを新ボーカリストとして迎えた。

翌1975年1月1stアルバム『High Voltage(ハイ・ヴォルテージ) 』をリリース。

この頃からバンドメンバーは安定し、

  • マルコム・ヤング(ギター)
  • アンガス・ヤング(ギター)
  • ボン・スコット(ボーカル)
  • フィル・ラッド(ドラム)
  • マーク・エヴァンス(ベース)

の編成が暫く続くことになる。

1975年12月、2ndアルバム『T.N.T.』をリリース。

世界へ

1976年、AC/DCは世界的なレコード会社アトランティック・レコードと契約を結ぶ。

これによりAC/DCは

  • Rainbow
  • KISS
  • Aerosmith
  • Styx
  • Blue Öyster Cult

などのバンドの前座として世界的なツアーを共にすることになる。

1976年9月28日、メジャーデビューアルバムであるコンピレーション・アルバム『High Voltage』をリリース。

このアルバムは、現在まで600万枚以上を売り上げている。

同年、アルバム『Dirty Deeds Done Dirt Cheap(悪事と地獄)』をリリース。

次のアルバム『ロック魂』のレコーディング終了後、マーク・エヴァンスがAC/DCを解雇される。

アンガス・ヤングとの不仲が原因だった。

代わりに、クリフ・ウィリアムズがベーシストとして新加入。

1977年、アルバム『ロック魂』をリリース。

1978年、アルバム『Powerage(パワーエイジ)』 をリリース。

1979年、アルバム『Highway To Hell(地獄のハイウェイ)』 をリリース。

このアルバムはプロデューサーにジョン・マット・ラングを迎えて制作された。

一般的にはAC/DCの出世作と言われている。

また、AC/DCのバンドサウンドが完成されたアルバムとも言われている。

AC/DCは徐々に世界的な人気を得ていった。

ボン・スコットの死

1980年2月19日、ボーカリストのボン・スコットが友人のアリステア・キニアーの車の中で死亡しているのが発見された。

死因については

  • 睡眠中、嘔吐物を喉に詰まらせての窒息死。
  • 薬物の過剰摂取。
  • 排気ガスを引き込んでの自殺。

など様々憶測が噂されたようだが、正式には睡眠中、嘔吐物を喉に詰まらせての窒息死。とされている。

ボン・スコットは喘息持ちだったため発作によって引き起こされた可能性が高いそうです。

ブライアン・ジョンソンの加入と世界的大ヒット

ボン・スコットの死後、新ボーカリストとしてブライアン・ジョンソンが加入。

1980年7月25日、アルバム『Back In Black(バック・イン・ブラック)』をリリース。

このアルバムは世界で5300万枚を越えたセールスを記録し、AC/DC最大のヒット作どころか、全世界で歴代2番目に売れたアルバムグループとしては全世界で歴代最も売れたアルバムとなっている。

ローリング・ストーン誌が選ぶ「オールタイム・ベストアルバム500」においても、77位にランクインしている。

1981年11月、アルバム『For Those About to Rock We Salute You(悪魔の招待状)』をリリース。

このアルバムはAC/DC初の全米アルバムチャート1位を獲得している。

フィル・ラッドの解雇と低迷

1983年、フィル・ラッドのアルコール依存症と薬物の過剰摂取によるパラノイアの症状が深刻化。

バンドメンバーとも上手くやっていくことが出来なくなっていたためフィル・ラッドはAC/DCを解雇されることになった。

代わりにサイモン・ライトがドラマーとして新加入した。

同年、アルバム『Flick Of The Switch(征服者)』をリリース。

このアルバムはセールス的にそこまで成功することはなく、この作品以降数枚のアルバムをリリースするも不発に終わり、AC/DCはしばらく低迷することになる。

復活とメンバーチェンジ

1988年、アルバム『Blow Up Your Video(ブロウ・アップ・ユア・ヴィデオ)』をリリース。

このアルバムはAC/DC久々のヒット作となり再ブレークのきっかけとなった。

しかし同年4月、マルコム・ヤングがアルコール依存症の治療に専念するため一時的に活動休止。

この時は代わりにスティーヴィー・ヤングが加入した。スティーヴィー・ヤングはヤング兄弟の甥にあたる。

更に、ドラマーのサイモン・ライトが脱退。クリス・スレイドがドラマーとして新加入。

1990年、『The Razors Edge(レイザーズ・エッジ)』をリリース。

このアルバムも世界で大ヒットした。

相次ぐメンバー脱退

1994年、フィル・ラッドが復帰。これによりクリス・スレイドはAC/DCを脱退することになった。

1995年、アルバム『Ballbreaker(ボールブレイカー)』をリリース。

1997年、『Bonfire(ボン・ファイアー 〜ボン・スコットに捧ぐ〜)』をリリース。

この『Bonfire』はCD5枚組ボックス・セットになっていてボン・スコットへのトリビュートとして制作された。

2000年、アルバム『Stiff Upper Lip(スティッフ・アッパー・リップ)』をリリース。

2003年、ロックの殿堂入りを果たす。

2008年10月、アルバム『Black Ice(悪魔の氷)』をリリース。

2014年9月24日、マルコム・ヤングが脱退。

理由は認知症を患ったためだった。

マルコム・ヤングの代わりにヤング兄弟の甥のスティーヴィー・ヤングが新メンバーとして正式に加入した。

2014年12月、アルバム『Rock or Bust(ロック・オア・バースト)』をリリース。

その後、マルコム・ヤングの病状が悪化し、2017年11月18日に死去。享年64歳だった。

2014年11月、フィル・ラッドがニュージーランドにて、知人の男性2名に対する殺害を依頼した容疑で逮捕された。

自宅からはドラッグも押収された。

これに伴い、フィル・ラッドはAC/DCを再び解雇となった。

2016年4月、ボーカリストのブライアン・ジョンソンの聴力障害の病状が悪化し一j活動休止に。

代役はガンズ・アンド・ローゼズのアクセル・ローズが務めた。

2016年7月、ベーシストのクリフ・ウィリアムズが脱退の意向を表明。

理由は相次ぐメンバー交代から活動意欲を無くしたとのことだった。

AC/DCの伝説やエピソード

バンド名「AC/DC」の由来

彼らのバンド名である「AC/DC」。

そのAC/DCの名前の由来は、電化製品の裏側に書かれていた「AC/DC」で、ヤング兄弟の姉マーガレット・ヤングが大音量で演奏していたヤング兄弟を掃除機の喧しさに例えて名付けたと言われている。

スクールボーイスタイル

AC/DCのトレードマークともなっている、アンガス・ヤングのスクールボーイスタイルの衣装も、ヤング兄弟の姉であるマーガレット・ヤングの提案によるものである。

貫き通す音楽性

AC/DCの特徴の一つと言えるのはその音楽性だろう。

頑なに自分達のスタイルを貫き通す時代に流されない音楽性。

長く活動していてもAC/DCは自分たちのロックを、音を貫き通している。

そこに魅力を感じるアーティストも多いようで、多くのアーティストから尊敬を集めている。

  • キース・リチャーズ
  • ピート・タウンゼント
  • スティーヴン・タイラー
  • オジー・オズボーン
  • ニッキー・シックス
  • リッチー・サンボラ
  • スラッシュ
  • カート・コバーン

など、世界中のアーティストがファンを公言している。

ACDC通り

2000年3月22日、スペイン マドリード近郊のレガネスにある通りがAC/DCにちなんでACDC通りと名付けられました。

また、2004年10月1日、オーストラリア メルボルンにあるコーポレーション通りという名前だった通りは、メルボルンの市議会によって「ACDC通り」と改名されました。

AC/DCの代表作

AC/DCの代表作と言えば6thアルバム『Back in Black』ではないだろうか。

このアルバムは現在でも世界で2番目に売れたアルバムとなっている。

タイトル曲の「Back in Black」はAC/DCの代表曲と言って間違いない。

あとがき

今回は【AC/DC】について紹介してきました。

彼らの時代によってブレない。貫き通す音楽性は現在でもファンを魅了し続けている。

この記事で少しでもAC/DCに興味がわいてくれれば嬉しいです。