史上最高のロックギタリスト

彼はしばしばそう呼ばれます。

世界に与えた衝撃、伝説のライブパフォーマンス、比類なき才能。

エリック・クラプトン、ジェフベックなどロックレジェンドが揃って認めた存在。

彼の名は【ジミ・ヘンドリックス】。

史上最高のロックギタリストだ。

この記事ではそんなジミ・ヘンドリックスのプロフィールや来歴。

更には、伝説や代表曲についても紹介していきます。

ジミ・ヘンドリックスのプロフィール

Jimi Hendrix1

英語表記:Jimi Hendrix

本名:James Marshall Hendrix(ジェームズ・マーシャル・ヘンドリックス)

生誕-死没:1942年11月27日-1970年9月18日

出身地: アメリカ合衆国 ワシントン州シアトル

身長:180cm

担当楽器:ギター、ボーカル

人物

  • ロックの先駆者の一人。
  • 特徴的なプレイスタイル、パフォーマンスが魅力の一つ。
  • ローリング・ストーン誌が選ぶ「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年、2011年、共に第1位にランクインしている。
  • ローリング・ストーン誌が選ぶ「歴史上最も偉大な100組のスター」においては第6位にランクイン。
  • エフェクター多用し、設計者ですら想定していなかった斬新な音を引き出すことが出来た。

ジミ・ヘンドリックスの来歴

ギターとの出会い

ジミ・ヘンドリックスが15歳の頃ギターに興味を示し、それに気づいた父親は生活が苦しかったがジミ・ヘンドリックスのために、当時住んでいたのアパートの家主の息子から古いアコースティックギターを5ドルで買い取り、それをジミ・ヘンドリックスにプレゼントした。

ジミ・ヘンドリックスはその後、シアトルの楽器店からエレキギターを購入した。

当時は耳に入ってくる音楽やBGM、効果音などをひたすらコピーしていたそうです。

1961年5月2日、自動車窃盗の罪で逮捕。

ですが、ジミ・ヘンドリックスは投獄から逃れるために陸軍に志願して入隊。

この入隊期間に後にBand Of Gypsys(バンド・オブ・ジプシーズ)を組むことになるベーシストビリー・コックスと出会う。

本格的な音楽活動開始

その後、ジミ・ヘンドリックスは軍隊を除隊し本格的に音楽活動を始めます。

1966年7月、ローリング・ストーンズのギタリストキース・リチャーズの恋人がアニマルズのベーシストチャス・チャンドラーにジミ・ヘンドリックスの存在を教えたことによりイギリスに渡ることになる。

チャス・チャンドラーは、始めてジミ・ヘンドリックスの演奏を聴いた時に

「ギタリストが3人くらい同時に演奏しているのかと思ったが、実際にはジミ1人だけと知り驚いた。これほどの才能に誰もまだ気がついていなかったなんて、何か裏があるのではないかと不安になるほどだった」

と感じたそうです。

渡英をすすめられた際、ジミ・ヘンドリックスは、チャス・チャンドラーに「エリック・クラプトンに会せてくれるか?」と尋ねたそうです。

そして、チャス・チャンドラーは

「君の演奏を聴いたら彼(クラプトン)の方から会いに来るよ」

と答えたそうです。

The Jimi Hendrix Experience

The Jimi Hendrix Experience

ロンドンでオーディションを行い、その結果、ベーシストノエル・レディング、ドラマーミッチ・ミッチェルと共にThe Jimi Hendrix Experienceを結成。

1966年10月から活動開始。

1966年12月16日、デビューシングル「Hey Joe / Stone Free」をリリース。

このシングルは早くもイギリスチャート4位のヒットを記録する。

1967年、1stアルバム『Are You Experienced(アー・ユー・エクスペリエンスト?)』をリリース。

ジミ・ヘンドリックスは、圧倒的なギターテクニックとアドリブ能力により、一般的なロックファンだけでなく当時のロックスターたちまでも虜にしてしいった。

ジミ・ヘンドリックスのライブには連日The BeatlesやThe Rolling Stonesなどのメンバーがジミ・ヘンドリックスを見に来ていた。

1968年10月、アルバム『Electric Ladyland(エレクトリック・レディランド)』

このアルバムのレコーディング中にプロデューサーだったチャス・チャンドラーが、ジミ・ヘンドリックスの元を去った。

その後も、忙しくなるにつれバンド内の人間関係は悪化していき、

1969年6月、ノエル・レディングがThe Jimi Hendrix Experienceを脱退。

これによりThe Jimi Hendrix Experienceは事実上の解散となった。

Band Of Gypsys

残ったドラマーのミッチ・ミッチェルと新しく迎えたベーシストビリー・コックスと共に「ジプシー・サンズ&レインボウズ」を結成。

ジプシー・サンズ&レインボウズは、コンガなどのパーカッションやサイドギターも加え、ビッグバンド編成で活動していった。

このバンドは1969年8月に開催されたウッドストック・フェスティバルの大成功を記録したものの、長続きはしなかった。

多人数をまとめ上げる経験がジミ・ヘンドリックスに足りなかったことと、マネージメント側がそれを望んでいなかったことが原因だった。

その結果、1969年10月、ジミ・ヘンドリックスはベーシストのビリー・コックス、ドラマーのバディ・マイルスと共に「Band Of Gypsys(バンド・オブ・ジプシーズ)」を結成。

しかし、Band Of Gypsysは1970年に解散となり、その短い活動期間を終了している。

早すぎる死

その後、ミッチ・ミッチェルとビリー・コックスをバックにソロ活動を開始。

しかし、その活動はあまり上手くはいっていなかった。

そして、世界を震撼させる訃報は突然に流された。

1970年9月18日、ジミ・ヘンドリックス急逝。享年27歳。

モニカ・ダンネマンと言う女性とロンドンのホテルに滞在中の出来事だった。

死亡原因は、睡眠前に酒とバルビツール酸系睡眠薬を併用し、睡眠中に嘔吐したことによる窒息死とされているが、この死には不可解な点が多く、現在でもジミ・ヘンドリックスの死は「謎の死」とされていて真相は謎のままである。

27歳と言うあまりにも早すぎる天才の死となってしまった。

ジミ・ヘンドリックスの伝説やエピソード

ルシール

名曲「Angel」は、亡き母ルシールが夢に現れたことから生まれたとされる。

多くのミュージシャンに衝撃を与えた

ジミ・ヘンドリックスはその卓越したギターテクニックと独創性で多くのミュージシャンに衝撃を与えました。

そして、多くのミュージシャンが彼に対して称賛の言葉を贈っています。

  • 「ギタリストが3人くらい同時に演奏しているのかと思ったが、実際にはジミ1人だけと知り驚いた。これほどの才能に誰もまだ気がついていなかったなんて、何か裏があるのではないかと不安になるほどだった」(チャス・チャンドラー)
  • 「君の演奏を聴いたら彼(クラプトン)の方から会いに来るよ」(チャス・チャンドラー)
  • 「誰もジミー(Jimmy)のようにギターを弾くことはできない」(エリック・クラプトン)
  • 「みんなジミのことを語るときに、服装や髪型やステージアクションなど見た目のことばかり言うが、一度目をつぶって演奏に耳を傾けてみればいい。ジミがどれほど優れたミュージシャンであるか分かるはずだ」(エリック・クラプトン)
  • 「僕とジェフ・ベックが2人がかりでいっても、ジミにはかなわないだろう」(エリック・クラプトン)
  • 「好調な時のジミを超えるギタリストなどいるはずがない。自分がギタリストであることが恥ずかしくなるよ」(ジェフ・ベック)
  • 「廃業を考えた」(ジェフ・ベック)
  • 「ジミを出さないフェスティバルなどありえない」(ポール・マッカートニー)

偉大なレジェンド達からの言葉だけでもジミ・ヘンドリックスの偉大さが伝わってきます。

史上最高のロックギタリスト

  • 比類なきギターテクニック。
  • ずば抜けた表現力。
  • 画期的な技法の考案。
  • 後世のギタリストに与えた絶大な影響。

これらのことからジミ・ヘンドリックスは多くの評論家から史上最高のロックギタリストと呼ばれています。

また、ジミ・ヘンドリックスは、ローリング・ストーン誌が選ぶ「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年、2011年、共に第1位にランクインしています。

更に、ローリング・ストーン誌が選ぶ「歴史上最も偉大な100組のスター」においても第6位にランクインしている。

フェンダー・ストラトキャスターを救う?

Jimi Hendrixギター

フェンダー・ストラトキャスターは現在では多くのミュージシャンに愛用されていますが、当時のミュージシャンはほとんど誰も使っていなかった。

あまりに不人気だったので、生産中止の噂もあったそうです。

しかし、ジミ・ヘンドリックスが使用することによってストラトキャスターの人気は急上昇。

ジミ・ヘンドリックスの死後、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、リッチー・ブラックモアなど多数の有名ミュージシャンがストラトキャスターを使い始めました。

今では生産中止を免れるどころか、ギブソン・レスポールと並びロックギターの代名詞的なモデルとなっています。

独特な奏法

ジミ・ヘンドリックスは、右利き用のギターを左右逆にして、右手で押弦し、左手で弦を弾いていた。

弦は左利き用ギターと同じ順番に張り替えていた。

これによりジミ・ヘンドリックスは、左利きだったとされることもあるが、父親はジミ・ヘンドリックスは右利きだったと証言している。

また文字を書くときは右利きだったという証言も多いため、聞き手に関しては不明のままとされている。

ジミ・ヘンドリックス自身は自分は左利きだと語っている。

伝説のライブパフォーマンス

モンタレー・ポップフェスティバルでの伝説的なライブパフォーマンス。

あまりにも有名なギター燃やしだが、モンタレーが初めてではなく、イギリスで既に何度も行っていた。

更に、発案者は知人の記者だったそうです。

エフェクターによる謎のサウンド

ジミ・ヘンドリックスはエフェクターを多用することで知られていた。

そのため当時では考えられないほど音質に豊富なバリエーションを持たせることに成功していた。

ファズ、ワウペダル、ユニヴァイブを主に使用していた。

ジミ・ヘンドリックスはエフェクターを新しく手に入れると、試奏を何時間も繰り返した。

なので、そのエフェクターの設計者ですら想定していなかった斬新な音を引き出すことが出来た。

その結果、ジミ・ヘンドリックスの音には、どういう方法で出したのか現在も不明なままの謎のサウンドが非常に多い。

27クラブ

27クラブとは、27歳で死亡した伝説的なミュージシャン、アーティスト、俳優が多いことから名づけられた一覧である。

  • ブライアン・ジョーンズ
  • ジミ・ヘンドリックス
  • ジャニス・ジョプリン
  • ジム・モリスン
  • カート・コバーン

など多数の27歳でこの世を去った有名人が名前を並べるが、一般的にはカート・コバーン死亡時にカート・コバーンの母親が

「あの子は愚か者のクラブに仲間入りしてしまった」

と嘆いたことから、世間一般に認識されるように広まったとされている。

ジミ・ヘンドリックスの代表作

ジミ・ヘンドリックスの代表作と言えば、デビューアルバム『Are You Experienced』ではないでしょうか?

ベスト盤のような素晴らしい曲ばかり収録された名盤で、「Purple Haze」「Hey Joe」「I Don’t Live Today」「The Wind Cries Mary」「Fire」「Are You Experienced?」など名曲が多数収録されています。

世界に衝撃を与えたという意味でも代表作と言えます。

個人的にはThe Jimi Hendrix Experienceとしては最後のアルバムになった3rdアルバム『Electric Ladyland』もおすすめです。

このアルバムに収録されている「All Along the Watchtower(ウォッチタワー)」は名曲中の名曲です。

作詞・作曲したボブ・ディランが「これが公式の完成版」と絶賛した出来栄え。

ジミ・ヘンドリックスのファンになってしまうこと間違いなしの1曲。

あとがき

今回は【ジミ・ヘンドリックス】について紹介してきました。

「史上最高のロックギタリスト」と呼ばれるジミ・ヘンドリックス。

彼が後世に与えた影響は計り知れません。

この記事でジミ・ヘンドリックスのファンが1人でも増えてくれれば嬉しいです。