天才にしてカリスマシド・バレット

小説家が小説を書くようにコンセプトアルバムを作り続けた男ロジャー・ウォーターズ

中心人物が脱退するたびに、姿を変えて活動を続けた伝説のバンド。

彼らの名は【Pink Floydピンク・フロイド)】。

プログレッシブ・ロックの先駆者。

プログレッシブ・ロックの五大バンドの一つとされている彼らは、

「史上最も売れたアーティスト」で8位にランクインしているロック界のレジェンドだ。

今回はそんなPink Floydのプロフィールや来歴、エピソードについて紹介していきます。

Pink Floydのメンバープロフィール

デヴィッド・ギルモア

David Gilmour

英語表記:David Gilmour

本名:David Jon Gilmour

ニックネーム:Dave Gilmour(デイヴ・ギルモア)

生誕:1946年3月6日

出身地:イングランド ケンブリッジ

身長:183cm

担当楽器:ボーカル、ギター

在籍:1967 – 2014

人物

  • ローリング・ストーン誌の選ぶ「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は82位、2011年は14位にランクイン。
  • 多くのミュージシャンと親交があり、グループ外での音楽活動も積極的に行っている。

ニック・メイスン

Nick Mason

英語表記:Nick Mason

本名:Nicholas Berkeley Mason

生誕-死没:1944年1月27日

出身地:イングランド ウェスト・ミッドランズ州バーミンガム

身長:175cm

担当楽器:ドラム

在籍:1965 – 2014

人物

  • Pink Floydのオリジナルメンバーの一人。
  • ローリングストーン誌の選ぶ「歴史上最も偉大な100人のドラマー」第51位にランクイン。
  • 2019年、大英帝国勲章(CBE)を叙勲。

リチャード・ライト

Richard Wright

英語表記:Richard Wright

本名:Richard William Wright

生誕:1943年7月28日 – 2008年9月15日

出身地:イングランド ミドルセックス州ハッチエンド

担当楽器:キーボード

在籍:1965-1979、1987-2008

ロジャー・ウォーターズ

Roger Waters

英語表記:Roger Waters

本名:George Roger Waters

生誕:1943年9月6日

出身地: イングランドサリー州 グレート・ブッカム ケンブリッジシャー州ケンブリッジ

身長:191cm

担当楽器:ボーカル、ベース

在籍:1965-1985、2005

人物

  • シド・バレット脱退後のPink Floydの実質的なリーダーとして活躍。
  • 制作するほとんどの作品がコンセプト・アルバム。
  • Pink Floyd脱退後、他のメンバーとは疎遠状態となっていた。

シド・バレット

Syd Barrett

英語表記:Syd Barrett

本名:Roger Keith Barrett(ロジャー・キース・バレット)

生誕-死没:1946年1月6日 – 2006年7月7日

出身地:イングランド ケンブリッジ

身長:180cm

担当楽器:ボーカル、ギター

在籍:1965 – 1968

人物

  • Pink Floydのオリジナルメンバーの一人。
  • 初期Pink Floydの中心人物。
  • 薬物中毒および精神病で体調を崩しバンドを脱退。
  • 共感覚の持主。
  • わずかな活動期間ながら天才的な才能とカリスマ性からシド・バレットを信奉するミュージシャン、ファンは多い。

Pink Floyd(ピンク・フロイド)の来歴

Pink Floyd(ピンク・フロイド)結成

Pink Floydは、1965年、学校の同級生であったニック・メイスンリチャード・ライトロジャー・ウォーターズ、クライヴ・メットカーフ、キース・ノーブル、ジュリエット・ゲイルの6人で「シグマ6」というバンドを結成したのが元となっている。

結成のきっかけは、現代音楽に関してディスカッションを交わしたこと。

当時、ロジャー・ウォーターズはギターを担当していた。

その後、バンド名の改名を数回繰り返し活動を続けるが思うような活動が出来ず、活動を休止する。

同年(1965年)後半、ニック・メイスン、リチャード・ライト、ロジャー・ウォーターズの3人は旧友のシド・バレットとギタリストのボブ・クロースを誘いバンドを結成する。

バンド名は「Pink Floyd Sound(ピンク・フロイド・サウンド)」。

これはシド・バレットが好きだったピンク・アンダーソンとフロイド・カウンシルというアメリカのブルースミュージシャンの名前をくっつけて名づけられた。

最初はコピーを中心に活動していたが、徐々に独自の道を歩み出す。

それに伴いボブ・クロースは音楽性の違いからバンドを脱退。

シド・バレットがリードギターを担当することになり、バンド名を「Pink Floydピンク・フロイド)」に改名した。

この頃からシド・バレットは積極的に曲作りを始め、オリジナル曲の演奏が徐々に増えていった。

Pink Floyd(ピンク・フロイド)活動初期

Pink Floydは、精力的なライブ活動により評価を高めていった。

そして、複数のレコード会社の争奪戦の末にEMIと契約することになった。

1967年3月、デビューシングル「Arnold Layne(アーノルド・レーン)」をリリース。

この曲の歌詞は、女性の下着を盗むという趣味を持つアーノルド・レーンが警察に捕まり、刑務所に入れられるというもの。

倫理的に問題があるとされ、ラジオ・ロンドン等で放送禁止となったが、デビュー曲にしてイギリスチャート20位にランクインした。

1967年6月16日、2ndシングル「See Emily Play(シー・エミリー・プレイ)」をリリース。

この曲はイギリスチャート6位のヒットとなった。

1967年8月5日、1stアルバム『The Piper at the Gates of Dawn(夜明けの口笛吹き)』をリリース。

このアルバムは、ローリング・ストーン誌が選ぶ「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」において347位にランクイン。

ローリング・ストーン誌が選ぶ「オールタイム・ベスト・デビュー・アルバム100」において47位にランクインした。

しかし、このアルバムのレコーディング時、既にシド・バレットは過度のドラッグ摂取により、正常な状態ではなかった。

1968年、シド・バレットはライヴには参加せず、曲作りに専念するため、シド・バレットの役割を補うためにデヴィッド・ギルモアがPink Floydに加入。

しかし、バンドの目論見は外れる。

シド・バレットは曲作りさえ出来ないほどの重症となっていた。

Pink Floydは次回作『A Saucerful Of Secrets(神秘)』の制作に取り掛かっていたが、

結局、1968年3月、シド・バレットはPink Floydを脱退してしまう。

これまでPink Floydはシド・バレットの天才的な才能を中心に活動していたので、その中心のシド・バレットが脱退してしまうという危機的状況で『A Saucerful Of Secrets』は制作された。

これまでのサイケデリックロックから脱却し、より独創性の高い音楽を目指すようになったPink Floyd。

1968年6月29日、アルバム『A Saucerful Of Secrets』をリリース。

このアルバムはシド・バレット抜きのPink Floydの方向性を示したという意味で貴重なアルバムとなった。

1969年6月13日、『Soundtrack from the Film More(モア)』を

1969年10月25日、『Ummagumma(ウマグマ)』をリリース。

Pink Floyd(ピンク・フロイド)活動中期

1970年10月5日、『Atom Heart Mother(原子心母)』をリリース。

このアルバムはイギリスチャート1位を記録し、評論家からも高い評価を得た。

またシド・バレット脱退後初めて成功した作品となった。

1971年11月11日、『Meddle(おせっかい)』をリリース。

1973年3月1日、『The Dark Side of the Moon狂気)』をリリース。

このアルバムは、全世界で大ヒットしコンセプトアルバムの代表作として知られるようになる。

ローリング・ストーン誌の選ぶ「オールタイム・ベストアルバム500」では第43位にランクインしている。

1975年9月15日、『Wish You Were Here(炎〜あなたがここにいてほしい)』をリリース。

1977年1月23日、『Animals(アニマルズ)』をリリース。

1979年11月30日、2枚組アルバム『The Wall(ザ・ウォール)』をリリース。

このアルバムは、全世界で3,000万枚以上という驚異的なヒットを記録するなど大成功となった。

当時は、パンクロックがブームで、Pink Floydなどのバンドは「オールド・ウェイヴ」と称され非難の対象にもなっていた。

そんな中での世界的大ヒットはPink Floydの凄さを世界に見せつける形となった。

『The Wall』制作時に、バンドのリーダー的存在のロジャー・ウォーターズとの対立は大きくなっていき、リチャード・ライトはロジャー・ウォーターズに解雇されてしまう。

ロジャー・ウォーターズのPink Floyd(ピンク・フロイド)脱退

1983年3月21日、『The Final Cut(ファイナル・カット)』をリリース。

このアルバムは、ロジャー・ウォーターズの独断で進められた。

また、ロジャー・ウォーターズは他の2人の演奏に満足しなくなっていた。

バンド内の軋轢はこれまでにないほど大きなものとなっていた。

特にロジャー・ウォーターズとデヴィッド・ギルモアの対立は修復不可能なところまで来ていた。

ロジャー・ウォーターズと仲の良かったニック・メイスンもこの時はデヴィッド・ギルモア側についた。

ロジャー・ウォーターズはこの時2人と一緒に活動していくことはもう無理だという考えに至った。

1985年6月、Pink Floydの解散を目論見マネージャーやデヴィッド・ギルモア、ニック・メイスンに解散を提案するが、同意は得られなかった。

同年12月、ロジャー・ウォーターズはPink Floydを脱退。

新生Pink Floyd(ピンク・フロイド)

ロジャー・ウォーターズの目論見は外れ、デヴィッド・ギルモア、ニック・メイスンの2人はPink Floydの活動を続けた。

ロジャー・ウォーターズは2人の活動継続に激怒し裁判まで起こしている。

この裁判は大いに注目された。

結果は、

『ザ・ウォール』に関する権利をウォーターズに譲ること、ステージでの「豚」のオブジェクトの使用禁止、楽曲使用に伴う収入の20パーセント強をウォーターズに支払うことなどを条件に両者は和解した。

1987年9月8日、『A Momentary Lapse of Reason)』をリリース。

このアルバムは多くのサポートミュージシャンが参加して制作された。

リチャード・ライトも制作後半からサポートミュージシャンとして参加している。

ロジャー・ウォーターズは同時期にアルバムをリリースし、アメリカツアーではいくつかの都市で両者がバッティングした。

新生Pink Floydとロジャー・ウォーターズの対決は、観客動員数でも注目度でも新生Pink Floydの圧勝に終わっている。

このことにロジャー・ウォーターズはショックを受けて以後しばらくツアーを行うことはなかった。

同年に開始したワールドツアーからリチャード・ライトが正式メンバーとして再加入した。

1994年3月30日、『The Division Bell)』をリリース。

前作から7年振りとなったこの作品は、世界各国で軒並みヒットチャート第1位を獲得し、世界的ベストセラーとなった。

収録曲の「Marooned(孤立)」は、グラミー賞ベスト・ロック・インストゥルメンタル部門を受賞した。

Pink Floydとロジャー・ウォーターズは、インタビューでウォーターズとギルモアがお互いを非難しあうことが多かったが、90年代後半頃から両者の距離は少しずつ縮まり始めていった。

2001年11月6日、ベストアルバム『Echoes – The Best of Pink Floydエコーズ〜啓示)』をリリース。

このベスト盤の選曲は、Pink Floydのメンバー3人とロジャー・ウォーターズも携わった。

シド・バレット時代、プログレッシブ・ロック時代、ロジャー・ウォーターズ率いるコンセプト・アルバム時代、新生Pink Floyd時代、全てを網羅した作品となった。

『Echoes – The Best of Pink Floyd』は、1994年の『The Division Bell(対)』以来、新作が発表されていなかったにも関わらず、世界的に大ヒットし人気の高さを再認識することになった。

また、ロジャー・ウォーターズとPink Floydの和解で再結成への期待が高まった。

しかし、その後Pink Floydはしばらく活動休止状態となる。

2005年7月2日、アフリカ貧困撲滅チャリティー・イベント「LIVE 8」で、1日だけとはいえ、ロジャー・ウォーターズを含めた4人でのPink Floyd再結成が実現した。

2005年、ロックの殿堂入りを果たす。

メンバーの死とPink Floyd(ピンク・フロイド)の終焉

2006年7月7日、その天才的才能で活動初期のPink Floydを引っ張っていたシド・バレットが死去。

2008年9月15日、リチャード・ライトが死去。享年65歳だった。

リチャード・ライトは、2007年12月に癌と診断されていたと報じられた。

2014年7月7日、20年ぶりとなるオリジナルアルバムの発売を発表。

同年11月7日、20年ぶりとなるアルバム『The Endless River(永遠/TOWA)』をリリース。

このアルバムは、亡くなったリチャード・ライトのトリビュートというコンセプトで制作された。

デヴィッド・ギルモアは「これがピンク・フロイドのラストアルバムになる」と明言した。

その後、正式な解散発表などはないものの、活動はなく

デヴィッド・ギルモアは、

「ピンク・フロイドは自然消滅した。リック・ライトなしでは、ピンク・フロイドの看板で演奏する事はない」

とPink Floydの終焉を示唆した。

Pink Floyd(ピンク・フロイド)の伝説やエピソード

Pink Floyd(ピンク・フロイド)の意味

Pink_Floyd_logo

バンド名の「Pink Floyd」の意味は、初期にリーダーとして活動していたシド・バレットが好きだったピンク・アンダーソンとフロイド・カウンシルというアメリカのブルースミュージシャン2人の名前をくっつけて名づけらました。

元々は「Pink Floyd Sound(ピンク・フロイド・サウンド)」と言うバンド名だったがマネージャーの進言で「Pink Floyd」に改名されました。

シド・バレットの影響力

Syd Barrettギター

シド・バレットはその天才的な才能とカリスマ性で、わずか5年足らずの活動期間ながら後世の多くのミュージシャンに影響を与えた。

デヴィッド・ボウイはシド・バレット時代のPink Floydの曲をカヴァーしたり、シド・バレットから強く影響を受けたと公言している。

シド・バレットの死の際には

「どれだけ悲しいか言葉にできない。シドからは物凄く影響を受けた。60年代に観た彼のギグは絶対に忘れないだろう」

というコメントを発表した。

マーク・ボラン、ブラー、ジョン・ライドンもファンだったことを公言しており、デビュー前から交友のあったミック・ジャガーもシド・バレットのファンだったと公言している。

Pink Floyd(ピンク・フロイド)の代表作

Pink Floydは時代によって代表作がありますが、今回はシド・バレット脱退後、長年Pink Floydを引っ張っていたロジャー・ウォーターズが脱退し、新生Pink Floydとしての第一弾アルバムとなった『A Momentary Lapse of Reason)』をおすすめさせていただきます。

このアルバムも評価の別れるアルバムとなっていますが、個人的には好きなアルバムです。

収録されている「Learning To Fly」にもデヴィッド・ギルモアの決意や情熱が伝わってきます。

あとがき

今回は【Pink Floyd】について紹介してきました。

この記事でPink Floydの魅力が少しでも伝わってくれれば嬉しいです。